「母」というのは、「役割」に過ぎない。「母」になっても、自分らしく生きる心構えととは!?

生き方

役割がもつ不思議なパワー 「母」も例外でなし


あなたには、今どのような役割がありますか? 妻・母・会社員・専業主婦・嫁など、あげれば皆さん2、3個はご自身の役割があるように思います。


役割というのは、時に強力なパワーを発揮し、時にとても恐ろしいもので、自分のNature(本質、天性)を超えて、自分を突き動かすものになるから不思議です。


特にわかりやすいのが、会社組織でしょうか。会社名・肩書という後ろ盾に支えられ、自分の本心や個人的な意見などを超越して発言や行動ができるようになります。課長や部長になった途端、突然能力を発揮するタイプの人がいますが、まさに「役割が人を変える」というのは、このことです。


そして、プライベートでも私たちは役割から完全に自由ではありません。そして、特に「母」という役割は、無意識のうちに強く私たちを縛り付ける役割の一つにも感じるのです。

妊娠・出産から「母」の「役割」刷り込みは始まっている

妊娠した時から、「人生の主役」は子供に奪われた!?


私が最初に違和感を感じたのは、妊娠したことを周囲に打ち明けた時からです。これまで、「この週末は何したの?」「先日行ったレストランどうだった?」「今度の夏休みの予定は?」というような、「私」の生活に対して、周囲が質問してくれたわけですが、妊娠した瞬間から周囲の質問の対象は、お腹のなかの赤ちゃんに移ります


「今、何カ月?」「男の子?女の子?」むしろこの二つの質問しかされないのではないかと思うくらいで、回答を録音でもしておこうかと思ったくらいです(笑)。当時の私の心境は、「どうか、誰か、私の今週末の予定を聞いてくれ!!」でした。


そして、出産をすると、更に私という存在はスパッと忘れさられます。やはり赤ちゃんには誰も勝てません。遠方から病室にお祝いに来てくれる人の関心は「赤ちゃん」です。「わあ、赤ちゃんかわいいね~」といってくれること、それは本当に嬉しいのですが、その時、私は覚悟しました「あっ、人生の主役は、もう完全にこの子に奪われている!!」ということを

妊娠したらすぐに「母」という役割を受け入れられるわけでなし!?


「女性は妊娠した時から母になる説」これもやや疑わしいように個人的には思っています。出産をし、その瞬間から愛情が今と同じ様に子供に対してあったかというと・・・???。


むしろ、目の前の生命をとにかく維持するために、おむつを替え、ミルクをあげ、寝かしつけ、そういうタスクを継続していると、子供に対して愛着が湧き、時間の経過とともに深い愛情に変わったという感じです。


その意味で、パパでもママでも、男女の性別にかかわりなく、育てていくことで親になっていけるのではないかと感じています。そして、その意味で、人生の主役を、我が子へ一瞬にして譲り渡せるというわけでもないと思うのです。

「母という役割」を無理に受け入れようとしても、無理がある


妊娠や出産を経て、「ママだからこうあるべきだよね。」「母親だからこれはガマンしておくか。」というような思いをすることも多くなりました。どこか「自分のやりたいこと」を優先している私ということに、後ろめたさを感じていたのかもしれません。


20代、30代前半とあれだけ好き勝手な人生を送っていたじゃない「もう愛する子供を優先してあげてもいいじゃない?」そういうような考えになった時もありました。


しかし、結局、人のNatureはそう簡単には変わらないわけです。

母であることがストレスにならないように


「子育ての時間・家事の時間がなかったら、こんなことをしてみたい。」というような思い、どなたにもあるのではないでしょうか。「独身の頃に好きだった趣味をもう一度やってみたいなあ。」「20代のころにやれなかった、あの勉強をもう一度してみたい。」「もっとこんな仕事にチャレンジしてみたい。」おそらくそれが「私、個人」として、今、本当にやりたい事なのだと思います。


しかし、往々にして、そういった「やってみたいこと」は、他人からすればとるに足らない、「それくらいガマンしたら?」というレベルの欲望だったりします。


そして先輩世代からは「子供が小さいのは今のうちよ。」というアドバイス。このアドバイス自体もごもっともであり、「今は、母という役割をまっとうしよう」と、やりたいことを飲み込んで、押し殺してしまうわけです。


もちろん「いやいや、そんな趣味・勉強・キャリア、取るに足らないことだわ。やはりこの子との時間が一番!」と思える心境にあれば問題ありませんが、少しでも「〇〇がしてみたいなあ。」と思う気持ちが残るのであれば、そのような状況が長く続くことはあまりよくないように思います。そして、そういう思いは、塵のように積もっていき、やがてストレスになります。

「母」は「役割」に過ぎない。「自分がどうありたいのか」が大事

子供がいても人生の主役は自分である


やはり「役割という母」以上に、大切なのは「自分がどうありたいのか。」のように思うのです。だって、この人生は私の人生なのですから。母になったからといって、人生の主役を子供に譲り渡す必要はないわけです。自分の人生の主役は自分でありたいではないですか


むしろ、自分の人生の上に、母の役割が一部加わったと思うくらいが、自然です


このことに気づき、母としての役割を優先し続けるのではなく、時に、自分の人生を大切にし始めたところ、家庭にネガティブな変化があったか?といえばNOです。むしろ自分を押し殺した母が家庭にいるという状況よりも、時に自分の人生を楽しみながら、自分の好きな道を歩む母がいる方が、家庭は明るくなったように感じます


今振り返ると、昔の自分は、子供にとって「一緒にいてあげる感」を醸し出している母だったかもしれません。それは、子供にとって、窮屈だったろうと思います。今は、一緒に楽しめる時間を一緒に過ごす相手という感じでしょうか。

「母としての私」ではなく「私」を表現できる場所が大切


「母としての私」でなく、「私」を表現できる場所をもつこと、そして「母としての私」でなく、「私」として接してもらえる場所をもつこと、これは本当に大事なことに感じるのです。「母であること」これは「役割」に過ぎません自分の人生を、自分の足で楽しんで生きていくには、「私」というNatureを手放す必要はないということです。


 ・役割がもつ不思議なパワー 「母」も例外でなし

 ・妊娠・出産から「母」の「役割」刷り込みは始まっている

 ・「母という役割」を無理に受け入れようとしても、無理がある

 ・「母」は「役割」に過ぎない。「自分がどうありたいのか」

この記事を書いた人
155naicai

▶︎ 女性のキャリア・生き方を考えるマガジン Wherever we are の管理人 ▶︎ ちょっと前までバリキャリ商社ウーマンでワーママ。2019年に起業、現在はアメリカ在住 ▶︎ 自身の東南アジア駐在、中国留学、アメリカ生活などの海外経験に基づき、海外経験から学んだ価値観も踏まえながら、キャリア・生き方・働き方など情報を発信中

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