女性のキャリア・生き方は100通り~ドイツ駐妻レイの選択1~

キャリア

WWA代表の私が、東南アジア駐在時に、時同じくして他社の女性海外駐在員だったレイさん。異国の地で、がむしゃらに仕事全力投球しながら、一緒に20代の海外駐在を乗り切ってきた大切な仲間です。そして6年後、また時同じくし、お互いドイツとアメリカで駐妻として生活することに・・・。

今回は、レイさんに、ご自身のキャリア形成と人生の考え方について語っていただきました。女性のキャリア、一人一人に物語があり、色々と自分の人生や決断に重ね合わせてしまい、涙なしに読めませんでした。やはり女性のキャリアの軌跡・人生の軌跡はとても複雑、だからこそドラマも多いです。



今回から全3回に分けて投稿です!

  • 【第一回】20代の私が大手上場企業を辞めるまで
  • 【第二回】日本と海外のキャリア形成の違いと、日本企業の課題
  • 【第三回】次世代を担う若き社会人と学生へのメッセージ

20代の私と大手企業を辞めるまで

20代の私について・・・「海外駐在」と「結婚」


私が20代の時、成し遂げたかったことについて振り返りたいと思います。

一つ目は、一部上場企業に就職して海外駐在員なるということ。
二つ目は、30歳までに結婚するということでした。


理由は、得意な英語を使って海外で仕事をしたかったこと、また、出産適齢期に一人は子供を産みたいと思っていたからです。私の20代の人生設計は、この二つの事が軸として成り立っていましたと思います。

「海外駐在」と「結婚」 相反する二つの思いを如何に叶えたか


就職活動中の時、出産と海外駐在のキャリアという相反する二つのことを叶えるためには、とにかく20代前半には海外駐在員にならねばいけないと考えていました。そこで私は、まだ女性の海外駐在の実績が少ない業界を選べば、逆に女性でも早めに海外に行かせてくれるのではないかと考え、とある大手上場企業に、女性として初の総合職として就職しました。


そして、なんとも幸運なことに、希望通り入社3年目の秋、シンガポールに行かせてもらえることとなったのです。同期の男性も私より数か月先にアフリカや中東に駐在開始し、若手社員に海外経験を積ませるという会社の方針に、私も上手く乗ることができたように思います。


シンガポール2年、一度本社に戻った後、インドネシアに1年駐在をしました。日本では見られない世界を見ることができ、そして、人と違った経験を積むことができました。仮に結婚していたら、こんなに自由な駐在生活とはならなかったように思うため、今振り返ると独身だったからこそ、より多くの経験をつめたように思います


その次に結婚について。28歳の時、上司に「女性としての魅力のピークは28歳だ。自分では気が付かないけれど、今が一番いい時!見過ごすな!」とアドバイスを受けました(笑)一見セクハラ発言ですが、30代手前の当時の私には衝撃的な一言で気合いが入り、本腰を入れて婚活を始めました。


幸いなことに、ちょうど30歳で今の主人と出会うことととなり、結婚しました。私は、今でもこの上司の発言には感謝しており、結婚を望む20代女性には、合コンや友人の紹介など、できることは手を尽くし、とにかくチャンスを逃さないでほしいと、伝えたいです。

私が大手上場企業を辞めた理由・・・


20代に二か国での駐在を経験した私は、少し燃え尽きてしまっていたように思います。仕事面では、まだ半人前でしたし、これから習得しなければならないことは沢山ありました。しかし、仕事はどんどん増え、目の前の業務で忙しくなり、目標を見失ってしまっていたようにも思います。若い男性社員はパワハラを受けていたり、将来の目標となる社員も見つけられませんでした。

無理な働き方。「私は何のために働いているのだろう」

世間で働き方改革の推進がなされる前、職場環境もとてもシビアだったということもあります。ほとんどの社員が毎日深夜まで残業していました。 その様な働き方の無理に、体は正直でした


私は入社後、生理が年に3~4回くらいしかなかなく、今思えば健康を害していたと思います。また多くの男性同期が20代で結婚し、子供も生まれ、奥さんからの手厚いサポートを受けて仕事に邁進していました。


その一方、私は自分を犠牲にしてまで、何をやっているのかと、虚しくなるばかりでした。毎日の深夜残業と毎週の会食、このままこの会社で働き続けても、体はボロボロ、家庭も築けない、子供も産めない、何のために働いているのだろうか、と思ってしまったのです。

仕事内容が合わない。でも、自分の希望では異動できない組織の文化


加えて、仕事内容もしっくりときていませんでした。入社後、希望通り国際法務関連の部署に配属しましたが、最初の2年を除いて、組織の人員配置の関係上、経理関係の仕事がメインになり、ずっと性に合わないと思いながら続けているような状態でした。


「私は数字で物事を考えるより、文字を追って考えるほうがスムーズにいく。海外駐在前に経験した法務で身につけた知識は今でも活きているし、英文翻訳なども苦にならない。しかし、この会社では、少なくとも30代後半までは希望の部署にはいけないという暗黙のルールが存在し、このルールから外れると、将来、上には上がらせてもらえない。」


結果、仕事内容を変えるなら、業界を変えるしかない
と感じていました。

頭では理解しながらも、高かった男社会の壁


そして、頭では理解しながらも、男社会の組織文化に違和感がありました。女性社員のほとんどが独身を貫いている方ばかりで、結婚をしたい、家庭が欲しいと思っている私にとって、残念ながら、長く働くイメージを持つことができませんでした

寿退社が語ること


過去、海外駐在員に女性の実績がない中、初の女性海外駐在を派遣するというリスクを負ってまで、私を育てようとしてくれた会社には、本当に申し訳ない気持ちで一杯でした。


しかし、働き方、仕事内容、将来のイメージこういったことすべてが絡み合い、そして男性社会の限界という現実を突きつけられ、ある時、なぜだかスパッと、会社を辞めようと決意した瞬間を今でも忘れません


さらに働く女性は独身でいるのが当たり前だ、とする企業文化だったこともあり、辞めるならいっそうのこと、「寿退社」をしてしまおうと、決意したのです総合職第1号、女性の海外駐在員第1号であったが故の、入社7年目の決断でした・・・


このように、最後まで前例のないことを経験してきた私ですが、少しでも女性の地位の向上、そして男性の働き方の改善に貢献できたらと考えています。寿退社の後、転職を経て、現在は、ドイツで子育てを中心とした生活を送っていますが、今後は自分らしく、いきいきと活躍できる仕事に就き、男女ともに健全に活躍できる社会の担い手になりたいと考えています。



つづきはこちら・・・

  女性のキャリア・生き方は100通り~ドイツ駐妻レイの選択2~
  「【第二回】日本と海外のキャリア形成の違いと、日本企業の課題」
 


駐妻レイから 記事投稿に込めた思い


ドイツ駐妻のレイと申します。女性のキャリアや子育てに関することを軸に、文化や社会環境、価値観の違いなど、ドイツでの日々の気づきを書き綴っていけたらと考えております。

大手企業で海外駐在員までしていた私が、今こうして会社を辞め一個人として活動するに至った経緯、そして私が感じた日本の課題、そして私が願う将来の世界を皆さんとシェアしていけましたら幸いです。

この記事を書いた人
Chuzuma-Ray

▶元上場企業勤務。社内初の女性総合職で社内初の海外駐在員▶現在はドイツで子育て中▶シンガポールとインドネシアの二か国の駐在経験、ドイツでの子育て経験を踏まえ、日本の課題と未来を語ります。

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