結局、私は何にもやもやしていたのか!? 私が、帯同を決めるまで

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今は、「アメリカ行くよー!イエーイ!」と意気揚々と帯同を報告できる私ですが、パートナーの駐在内示が出てからの数ヶ月は、山あり谷ありと30個くらい山を登り下りと、これほどまでに受け入れ難きことを、自分で消化し受け入れた経験は初めてでした。


今、富士山を登ってしまった後の感覚としては、なぜあんなに心が不安定であったのだろう!?と、ふとわからなくなるくらいですが、あの心を自分でコントロールし飲み込んでいく経験は、非常に特殊で、この先の人生で幾度あるのだろうか?というほどの貴重な経験であったことは確かです。


今回、あらためてパートナーの転勤を受け入れるということが、どうしてこうも「ややこしい話」だったのかということを、書かせていただきます。パートナーの転勤問題で揺れる方に届け!


そもそも私たち夫婦



最初に、少し私たち夫婦の馴れ初めを。


私たち夫婦は、夫婦ともに商社勤務で、お互いがインドネシア駐在期間中に出会い、任期終了帰国後、結婚しました。結婚前から、夫は「自分の部署は、帰国後も5年以内に再度駐在がある」、そして私も時期はわからないまでも、2回目もあるかもしれない、と駐在が非常に身近な存在であることは間違いありませんでした。


一般的に、商社では定年までに2~3回、駐在があるのが普通。夫は結婚前から「家族は揃っている方が良い、絶対に単身赴任はイヤだ」と明言しており、「別に、長い人生ずーっと一緒にいる必要なんてないのでは!?」という私とは対象的でした。幾度となく、夫「絶対についてこなくてはイヤだ!」、私「今、そんな決めれないよ(決める必要もないよ)」という議論が繰り返されていたわけですが、その過程の中で2つ大きな駆け引きがありました。

帯同してくれないのであれば、転職を考える



ある日、いつまでたってもふらふらと回答をそらす私に対して、結婚を迫るアラサー女子のごとく、回答を迫ってきた夫。私が絶対に帯同しないということであれば、転勤のない仕事に転職するというのです。 社内で評価もされていることも知っている、仕事も楽しそうにしている、職場の方も暖かい。取り立てて「帯同」以外に、現在の仕事に心配ごとのない彼に対し、(未来に起こるかもしれない)駐在を回避するためだけに転職をしてほしいというのは、どこか論点が違うように感じました。よって、転職して!という気持ちにはならなかったのです。

この国は行きたい、この国は行きたくないという女



自身が商社に勤めている身からすると「この国は行きたい、この国は行きたくないという『妻』」、印象は良くありません。しかし、当時もし仮に行くとなれば?と考えた時、最低でも自分のキャリアにプラスになりそうな大学院・MBA等選択ができる場所でなければ意味がないと感じていました。だからこそ、彼の所属する部署の駐在先の候補国から、私があえてOKを出したのはアメリカとドイツ。ここならば帯同を考えても良いと言っていました。


しかし、私は知っていました。アメリカとドイツ、彼のキャリアの延長線上には駐在があり得る確率は相当に低いということ。だから、そんな無理な話、社内でなかなかまとめて来れないだろうなと思っていました。

しかし、男はやってのけた



驚くことに、彼はその後アメリカ駐在を決めてきました。どんな社内での調整があったのか私には知る由もありませんし、偶然だったかもしれませんが、彼は決めてきました。この点、駐在に行きたいという人は、わんさかいる商社という環境で、しかも一般的に多くの人が行きたいだろう先進国を希望し、結果的にゴールを決めてきた夫は、同業の立場として「正直、あっぱれ!」でした。


だからこそ、彼の中でも帯同NOとする理由はないはずだ、という心境にさせてしまったと思います。つまり、転職というオファーを妻にし、行きたい国まで叶てきた、帯同を断る理由なんてないでしょ?!というのが彼のスタンス
でした。

内示が出る。さあ、もやもやの開始・・・


最初、アメリカに決まったことに対して、一瞬高揚感すら感じた私ですが、その後長い闇に入ります・・・。今でこそ、気持ちの整理がつき、この観点が納得できていなかったと説明できますが、当時は、言語化することもむずかしい、様々なもやもやが入り乱れていた!という感じでした。

「自分の人生を自分で決めていない」というもやもや



これまで私は両親から「自分の好きなことをしなさい」と言われて育ち、文字通り、好きな勉強をし、好きな仕事につきキャリアを築き、好きな趣味に没頭し、思い通りの20代をおくってきたぞっ!という自負がありました。その選択はすべて他者にアドバイスは求めるものの、自分が「自分の意志」で選択して選んだものと胸を張って言える状態でした。しかし、アメリカという希望通りの国になったとは言え、やはり自分で決めた選択でない。これがまだ自分の駐在辞令であれば、社命だと割り切れるところもありますが、自分がコミットしている会社でもない。なぜ自分ばかりが割を食う選択を強いられる必要があるのだろうか?夫以上に、私は自分のキャリアを大事にしていたのに!という「被害者意識の塊」状態に陥りました。

「20代積み上げてきたものがパー」になるのではというもやもや



商社に入社して、10数年。会社の中でも評価されているという感覚もあり、自身ももっと昇進したいという意志がありました。中途入社や出戻り社員なども増えてきてはいるものの、未だに同期入社と比較があるような文化の中で、4~5年帯同する事は、いずれこの会社に戻るとしても遠回りにしか見えない。むしろ遠回りで済まず、今後ずっと望んだ昇進や面白いビジネスチャンスに巡りあえるポジションにつくのも難しいかもしれないと思うところもありました。


配偶者の転勤に伴う帯同制度というありがたい制度が存在し、復職できることが約束されながらも、帰国後の自身の活躍の姿をポジティブに捉えることができませんでした。そうなると、結局20代自分が一生懸命頑張ってきたキャリアって何だったんだろうと思い悩みました。

「失うお金が大きすぎてビビる」というもやもや



4~5年帯同するとして、仮に私が働き続けたら得られるだろう年収×5年。加えて、大学院などに通う事で支払わなければならないExtra costを加算すると、これまでの貯金を減らすことになります。


「Oh my god! これ、田舎に結構いい家が買えるよ」。本来家族が一緒にいるかどうか、その判断にお金は二の次のように思いますが、当時は、家族一緒との生活を選択するのに既出するコストのように思えました。ぶっちゃけ、そこまでロスを目算して、一緒にいるべきなのか?いたいのか?と、相当ゆがんだ考えもしていました。

「ついてこないなんてありえない」という夫に対してのもやもや



冒頭に私たち夫婦の歴史を長々と書いたのはこのためなのですが、やはり辞令が出てから夫も焦りがあったのか、かなり強硬手段で私に「帯同することにYES」と言わせようとしているのが明らかでした。


皆さんから、いやいや、だってそのためにアメリカ駐在まで調整してきたのでしょとツッコミ入りそうなのは重々承知ですが、「私が大切に思っているキャリアをあきらめてでも、ついてきてほしい」という感謝と尊敬の念をもって、三顧の礼で帯同をお願いされたいこちらとしては、上から目線で「帯同しないなんてありえない」と言ってくる夫が、理解を超えた存在でした。最後には「なぜこんな理解し合えない相手のために、自分はキャリアを捨て、ついていく必要があるのだろう」という気持ちでした。てへ(笑)。

では、いかに谷の状況から山を登ったか!?



夫の辞令に至るまでの経緯を考えると、仮に帯同を断るにしても一筋縄では行かないことは明らかでした。また、行きたくないと感じている自分の気持ちに対しても、なぜ行きたくないのか?という整理が十分にできていない気もしました。そこで私はとにかく情報を集め、帯同するに値することなのかどうかの検証をはじめました。

帯同に関する情報を集めまくった


当時、帯同するなら何かせねばと考えていた私は、大学院、MBA、現地就労、フリーランス、起業など様々な選択肢をtableに上げ検討しました。色々ありますが、やはり安心材料となったことは、アメリカは労働許可証を取得すれば配偶者でも働けるということ。配偶者ビザで就労ができる国はほとんどないのがスタンダードな中、そんな選択肢があるなど目から鱗でしたし、結果的に自身の意識も、帯同=ブランクという構造ではなく、自身のキャリアを広げるため、成長する一つのステップと新たな切り口と考えられるようになりました。


加えて、FacebookやTwitterで駐妻・駐夫さんとの出会いは、私の思考パターンに大きく変化をもたらしたと思います。世界中の駐妻・駐夫さんから流れてくる情報は、もともと海外好きの私にとって、新しい土地で生活できることはこの上なくexcitingなことのように感じられるようになりました。


そうした人生の広がりが無意識に意識できるようになってからは、社内での階段を上るだけがキャリアでなし、東京で生活するだけが人生でなし、帰国後活躍している人もたくさんいる、というあたり前のことにも立ち返ることができ、それこそ広い視点で物事が見える経験を積めたことは、コレ幸いなことに感じています。


結局、私がとらわれていたものとは・・・



結局、私自身も、過去から引き継がれるステレオタイプなキラキラ駐妻像のイメージに縛られていたと思います。もちろん、彼女たちのようなライフスタイルを否定するつもりは一切ありませんし、それはそれで非常に楽しく、意義のある人生だとも思います。でも、自分の生き方の方向性とはちょっと違っていると感じており、そのステレオタイプのイメージの中に自分を重ね合わせることができませんでした。


そうなってしまったのは、情報の少なさであり、それ以外何物でもないような気もしています。昨今お会いする駐妻さんや、SNS上でお付き合いがある駐妻・駐夫さんはより泥臭く、ご自身の人生、家族、キャリアと向き合っておられる方が多いように感じています。

最後にお伝えしたいのは・・・



「情報があれば、より正しい判断ができる確度が高まる」ということ。帯同する・帯同しないどちらの選択肢をとるにしても、重要なのは情報であり、十分な情報がなければ、決断をしたところで納得性は低いのではないかと思います。だからこそ、正しい判断ができるように、情報を集めてほしいと思いますし、必要な繋がりを持っていただきたいと思います


その上で、ご自身の価値観、キャリア、人生、家族などを鑑み、本当にあなたとして、また家族としてどのような選択肢が望ましいのか、しっかりと話し合っていただきたいと思っています。夫婦、家族それぞれの選択の正解は、その家族の中にしかないように思います。



この記事を書いた人
155naicai

▶︎ 女性のキャリア・生き方を考えるマガジン Wherever we are の管理人 ▶︎ 中国留学→総合商社→東南アジア20代駐在→月イチ海外出張・海外旅行→ワーママ→アメリカ帯同&起業&海外onlineMBA ▶︎ 自身の海外経験から学んだ価値観も踏まえながら、キャリア・生き方・働き方など情報を発信中

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