共働きがつらい。ワーママにおくる、幸福度が高まるたった一つの共働き両立方法

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私もかつては共働きがつらかった・・・



日本で子育てしながらの共働きを3年経験してきました。子育て期の仕事と家庭の両立は本当に厳しい時期もあり、このままでは「あッ、自分病むかも・・・」と思ったことも一度や二度ではありません


この記事を読んでいらっしゃる多くのワーキング・ペアレンツの方と同じ様に、仕事に、家事に追われていたわけです。やはりお迎えの時間を意識しながら、時に出張や会食をこなしながら自分の仕事で成果を出し次のステップにつなげる・・・。


夫も、世の中の男性と比較すれば、それはもう協力的な方でしたが、それでも2人で家庭を回していくには限界を感じる仕事量と家事・育児量が覆いかぶさっていたように思います。

ひとつの意識・心の整理が、共働きのつらさを軽減

「犠牲にすることを明確にする、そして一度決めたらそれに対して後ろめたさを感じない」




そんな中、一つの意識が私を非常にラクにしてくれたことは事実です。


それは、


「犠牲にすることを明確にする、そして一度決めたらそれに対して後ろめたさを感じない」


ということです。


仕事・家事・育児、すべてコスト(工数)がかかる事実、タダはない

共働き両立の秘訣:何かを「削る」「犠牲にする」選択肢を考えるコト



いうまでもなく、仕事にしろ、家事にしろ、育児にしろ、コスト(工数)がかかるものなのです。そのコストは、時間的なコストの場合もありますし、金銭的なコスト、そして精神的な負担となるコストの場合もあるでしょう。


そして、そのコストを自分で負担するのか、他者(シッターやハウスキーピングなどの外部サービス、親族、友人、協力者など)にお願いするか、手持ちの選択肢となるカードは限られるわけです。


もちろん、これらコストを負担するにあたって、お金や人的リソースが豊富にあり、外部サービスをバンバン利用し、親戚や友人にも何の気兼ねもなくお願いできる関係性や物理的な距離があれば良いですが、なかなかそれらが揃っているというご家庭も多くはないかもしれません。


そうなると、やはりどこかを「削る」つまり「犠牲にする」というコトを考えなくてはならないわけです。会社組織で言う所の「業務効率化」ですね。

感情のハードルを乗り越えなくては、改善はできない。企業の業務改善と同じ



日本の会社組織においても業務を削減するということは、ロジックでいうほど実はそんなに簡単な事ではありません


「この業務をやめてしまうと、将来、誰かが困るかもしれない(たぶん困る人はない)。」


「この業務は、〇〇さんが尽力して作った仕事だからやめてしまうと彼の気をそこねるのではないか(〇〇さんの為に続けるの?!)。」


しかし、こういった心配ごとや懸念ごとは、実は、組織の効率化という本質からはかけ離れており、実際は個人の感情だけに依存しているわけです。つまり、この感情のハードルを乗り越えなくては、改善はあり得ません

共働きをつらくする、一見「正しそうに感じられる」感情の存在



翻って、家庭を鑑みます。家庭を取り巻く作業にも、実は感情はつきものです。


そして、時にそれは非常に厄介なわけです。


「仕事から帰ったらきれいに整頓されている部屋がいい。」


「子供にはきちんとした食事をさせてあげたい。」


「長い時間保育園や他人に預けるのはかわいそうだ。」


会社組織で起こっている感情以上に、家庭での感情は、一見「正しそうに感じられる」のではないでしょうか。


そう、誰だって仕事でも成果を出し続け、自分の希望するポジションを手に入れて、毎日綺麗に整頓された部屋で、一汁三菜そろった食事をし、子供のわがままにも怒鳴らず、心穏やかな生活をおくりたいわけですから。

個別最適で完璧を目指すからこそ、共働きがつらくなる。目指すは全体最適での幸福度向上



でも、個別最適ではそれぞれが正しく感じられることも、それらをひとつづつをきちんとやっていこうとすると必ずパンクします。


「全体最適での幸せ、快適性を目指す」からこそ個別項目において「何かを犠牲にする」覚悟が必要なわけです。

共働きのつらさ軽減の為、「犠牲にできる」モノ・コトは人それぞれ

「犠牲にする項目」効果が大きく、精神的ストレスが少ないモノがおススメ



何が捨てられるものなのかということは、人それぞれかと思います。


子供には必ず丁寧な食事を作ってあげないと、よりストレスを感じる人もいます。そして、自分自身の自由時間がさほどなくても、ストレスを感じないタイプの人もいます。


選別のポイントは、犠牲にすると決めた時の負担軽減効果が大きく、犠牲にしても精神的にストレスを感じにくいコトにするということでしょうか。

共働きの辛さ軽減のため、私が犠牲にしたこと=丁寧な食事



私自身は、「丁寧な食事をするというコト」を犠牲にしています


子供がいても、「冷凍ごはん+インスタント味噌汁+総菜」で済ましてしまう日が殆どでしたし、一人で食事する際は、コンビニおにぎりで十分でした(というか、食事の時間が惜しく、食事しないというケースも多々・・・)。


また、食器を洗うのは手間がかかるとのことで、紙皿や紙コップを多用していました


買い物に行く工数、メニューを考える工数、調理の工数、片付けの工数などを鑑みれば、この一連の家事から解放されることは、自身の家庭運営における幸福度を相当高めました


これは、私自身が、そもそもおいしいモノを食べたいという欲求が相当低くく、食事を犠牲にしたところで、自身の幸福度はさほど下がらず、また犠牲にしたことで生まれる余裕から、幸福度がそれ以上に上がったということです。

外野の意見は、サラっと受け流す。後ろめたさを感じると、共働きがつらいまま。



「食育」などの観点を思えば、もちろん暖かいメインに、ご飯も毎日炊いてあげ、野菜たっぷりの味噌汁でも作ってあげたいその反論もごもっともなのですが、食事の工数から生まれたわがことのコミュニケーションの時間、一緒に遊ぶ時間、ゆっくりと対話する時間、そういうもののの方が私自身は価値があると整理しました。


そう、こういった外部の「それ、かわいそうじゃない?」「それって、、、、」と言われたときに、批判されたときに、後ろめたさを感じずに、我って受け流せる胆力を鍛えておきたいということです。


何かを「やらない」という選択をした場合、その都度自身に後ろめたさを感じてしまっては、苦しくなるばかりです。外野の声は、受け流しましょう。

「犠牲にできるコトは」人それぞれ。あなたの共働きのつらさを軽減するものは?!



もし「冷凍ごはん+インスタント味噌汁+総菜」のセットでは、逆にストレスがかかるということであれば、それはあなたが犠牲にする項目じゃないのかもしれません。


私は、毎朝自分で淹れたコーヒーを持参するルーティーンがあるのですが、知人から「セブンイレブンで安いコーヒーが帰る時代に、自分でコーヒーを淹れる手間、タンブラーを洗う手間を考えると非効率じゃない?」と言われたこともありますが、私にとってはいくら工数削減にはなるからと言って、自分で淹れたコーヒーを職場で飲みたいということは犠牲にはできない一線ということだったかと思います。


なにを犠牲にできるか?できないか?って本当に個人の価値観によるわけです。


共働きのつらさからの解放、あなたの決断、心の整理がKey



ワーキングペアレンツであれば誰もが一度は、仕事と家庭との両立に悩むことと思います。でも、その時に自分自身の思考や一線をきちんと整理できれば、「そこまできちんとやる必要なんてないな。」と、晴れやかな気持ちですっきりと手放す決断ができると思うのです。


「犠牲にすることを明確にする、そして一度決めたらそれに対して後ろめたさを感じない」


この言葉、仕事と家庭の両立で悩んだときに、思いだしてもらえればと思います。

この記事を書いた人
155naicai

海外キャリアワーママのライフ・コーチ ▶︎ 女性のキャリア・生き方を考えるマガジン Wherever we are の管理人 ▶︎ 中国留学 → 総合商社 → 東南アジア20代駐在 → ワーママ → ライフ・コーチ ▶︎ 現在は、アメリカ在住 ▶︎ 自身の海外経験から学んだ価値観も踏まえながら、キャリア・生き方・働き方など情報を発信中

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