異文化コミュニケーションの本質とは!?「ダチョウ倶楽部並みのリアクション芸と顔芸!!」から学んだこと

海外LIFE



3歳娘、アメリカに来てから現地の保育園に通っております。英語ができない娘にとって、All Englishで異文化な新しい環境での生活は、なかなかハードルが高く、「行きたくないよ~、行きたくないよ~」と毎日言っていました。


しかし、初登校から一か月経過し、最近、ようやくクラスでのポジションを確立したようで、なんだか楽しく通えるようになってきました。今回は、そんな娘の奮闘から得た「コミュニケーションの本質は?!」という学びのハナシです。

英語ができない3歳娘のコミュニケーション方法とは?!

答えは、「ダチョウ倶楽部並みのリアクション芸と顔芸!!」



入園から1カ月たった今では、娘が登園すると、お友達が「ハ~イ」と言って寄ってきて一緒に遊ぼうと、娘を取り合いになるほど人気者。帰宅時も「え~もう帰っちゃうの、帰らないで~」と、娘の帰宅を名残惜しそうにしてくれる友達もいます。


そもそも英語ができない娘、このわずか一か月で飛躍的に英語ができるようになったとも思えません。では、どうやってネイティブの現地アメリカ人との距離を縮めていったかというと、それは・・・「ダチョウ倶楽部並みのリアクション芸と顔芸!!」


もともと日本にいた頃から、少しひょうきんな性格であった娘ですが、すさまじいスピードでこの「ひょうきんさ」に磨きがかかり、両親から見ても、「ああっ、確かにこれでクラスの人気者の地位が取れない方がおかしいわ(笑)」と、思わせられるほどユニークな感じに成長しました。


この一か月で、娘なりに言語というコミュニケーション・ツールが全く使えない中で、どうやったらコミュニティの中に溶け込むことができ、どうしたらクラスメイトと仲良くやっていくかを試行錯誤した結果が、この「ダチョウ倶楽部並みのリアクション芸と顔芸」にあるのだなと思うと、涙が出そうになりました。


娘よ、本当にあなたはクレバーだ。

コミュニケーションの本質とは!?英語ができるかは実は関係ない

母は、英語ができなかった頃、ホストマザーから隠れていた



翻って、自分を振り返ります。


今でこそ、英語でのコミュニケーションは苦痛にならないレベルですが、10代後半、はじめての短期交換留学、はじめてのホームステイ。当時は、日本の学校で習った英語が全然通じず、相当凹んでいました。


ホストマザーとの会話も殆ど成り立たず、リビングに行くのが億劫だったころもありました。ジュースが飲みたくてもガマンして、ホストマザーがシャワーを浴びるタイミングを見計らって、わざわざ取りに行ったりしていたわけです。なんとちっちゃい人間なことか・・・。

相手の心をギュッとつかみ、振り向かせ、友人になりたいと思わせる



そんな過去ホストマザーを避けリビングにも行けなかった自分と娘を比べ、「コミュニケーションの本質を理解しているのはどちらか?」と考えると、それは娘のように思うのです。


3歳だからその「リアクション芸と顔芸」のコミュニケーションで許されるんだよね。大人だったら、もっと複雑なこと話せないとダメだから困っているんだよetc.と言ってしまうのは簡単です。


しかし、3歳娘が実行した「相手の心をギュッとつかみ、こちらに振り向かせ、友人になりたい!と思わせる」、これこそコミュニケーションの本質のような気がしてなりません。

ビジネスシーンでもコミュニケーションの本質は同じ

グローバルなビジネスパーソンは、英語力でなく、人間力で勝負



長年、商社という業界に勤め、多くのグローバルで活躍するビジネスパーソンを見てきましたが、日本人でも外国人でも「この人デキるな、すごいな。」と感じるビジネスパーソンが、必ずしも言語が達者ということではなかったように思います。


よくよく考えればスキル、経験、ノウハウ、人脈etc. ビジネスシーンにおける要素のうち、語学力は、その一部でしかありませんから、語学力がイマイチでも勝負できるのは当たり前です。


そして、最もビジネスシーンで重要なコミュニケーションスキルを考えても、それは語学力を指すのではなく、「人間力」なわけです。英語が全然できなくても、他人を引き付けることが上手い人は本当にうまいわけです。


中学校で習う程度の語彙、めちゃくちゃな文法、日本語なまりのイントネーション、それでも しっかりと商売し、事業を創っていける。相手の懐に入って 心をギュッとつかんでくる、これは言語をいくら勉強しても身につかないコミュニケーションのスキルだと思います。

日本人は、英語ができないと自己肯定感が下がりすぎる



そう考えると、英語がニガテだからといって、上手に話そうとすること、間違えないように話すことを過度に心配し、話さなくなってしまうことは本当に意味のない消極性のように感じます。


しかし、「言語など、たかが表面上のツールだ!言語ができなくても自分にはこんなに魅力がある!」と、割り切ることがニガテなのも日本人の特徴かもしれません。


海外に行き、言葉ができないと必要以上に奥ゆかしくなってしまう。たかがツール、でも、言語ができるかどうかだけで、自己肯定感が大きく変わってしまうのです。本当にもったいないことです。


だからこそ、日本人には、意識的にこの自己肯定感を取り戻すステップが必要にも思います。「まあ、英語スキルはイマイチだけど、僕にはこんないい所があるし!」というような呪文を心の中で唱える、その様なステップを踏んでから、飛行機に乗り、海外旅行に行く、海外の商談に臨む、外国の人と話す。それだけで、ずいぶんとポスチャーは変わるように思います。


「ダチョウ倶楽部並みのリアクション芸と顔芸」をする娘から、ここ数年で一番の学びを教えてもらった気がしています。 今となっては、下記ツイートをつぶやいていた、登園一日目の娘の泣き顔が懐かしいくらいです。

この記事を書いた人
155naicai

▶︎ 女性のキャリア・生き方を考えるマガジン Wherever we are の管理人 ▶︎ ちょっと前までバリキャリ商社ウーマンでワーママ。2019年に起業、現在はアメリカ在住 ▶︎ 自身の東南アジア駐在、中国留学、アメリカ生活などの海外経験に基づき、海外経験から学んだ価値観も踏まえながら、キャリア・生き方・働き方など情報を発信中

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